私が雀右衛門丈を好きな理由は、自然に舞台にいらっしゃるからだ。そこにいることが実に自然で、「雀右衛門丈が舞台にいる」のではなく「雀右衛門丈がいる舞台」なのである。雀右衛門丈は「歌舞伎の女形は女優や実際の女とはまったく違う、異界の住人です。」とおっしゃる。男でも女でもない女形が作る異界を観に行っているのかもしれない。
また、この本は雀右衛門丈の人生を通じて戦争と歌舞伎の関係についても教えてくれる。戦争のせの字も知らない自分には想像の限界があるけれど、今日、こうして歌舞伎が存在することを先人たちに感謝したい。と言っても、雀右衛門丈の語り口は決して説教くさいものではない。だから余計に突き刺さる。戦争の是非が云々ではなく、私たちが到底想像し得ない多くの事柄を背負って雀右衛門丈は舞台に立っているのだ。
私事 中村雀右衛門著 出版社 岩波書店
発売日 2005.01
価格 ¥ 1,680(¥ 1,600)
ISBN 4000257552
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平成十五年秋に歌舞伎座で金閣寺で雪姫を演じられた。幕が下りた後、桜の花びらを拾いに舞台の下へ急いだ記憶がある。子供のようなことを…と笑われるだろう。でもあの時は、少しでも、なんでも良いから舞台を、雀右衛門丈のいる舞台を感じられるものに触れたいという気持ちで一杯だった。