2002年12月発行の文庫版(ハードカバーは1998年発行)。表紙は中村座の定式幕。
初代中村仲蔵のことなどが書かれているし、文庫版発行当時は日生劇場で新・夢の仲蔵が上演されていたから、読んでいてもおかしくなかったのに、最近になってなんとなく手に取った。先月の仲蔵千本桜の影響か。もともと歌舞伎関連の本はあまり読まないからなぁ。
歌舞伎役者の暮らしぶりやら、人間関係、衣装にまつわる話など興味深く読んだ。人間関係のあたりは話がかぶる箇所があり、さっき似たような話が…などと少し戸惑うところもあったが、なかなか楽しく読み進むことができた。少しこういう、歌舞伎そのものを知るための本を読んでみようかなと思いつつ、今日も小説を片手に通勤電車にのる私。
先日書いた「しゃばけ」同様、「2005 新潮文庫の100冊」より。
久しぶりの宮本輝作品。この作品は男女の間で交わされた手紙による書簡形式である。書簡形式の小説は好きではないため、あまり手にした事がないのだが、そんな風に思っていた頃より私自身が歳を重ねていることや、最近はインターネットやら何やらとやたら手軽に連絡を取れる時代になったので、少しは違った感覚で読むことができるかと手に取った。
じんわりと静かにしみ込んでくるような文体を心地良く読んだ。しかし、書かれている内容は決して心地良いものばかりではない。別れた夫婦が偶然に再会して手紙のやり取りが始まる。互いの苦しんだ過去を振り返る。痛ましい出来事もある。十年前にきちんと別れることができなかった二人が、自分と相手をきちんと見つめ直す。
日本語っていいなぁと思った。ちょっと朗読してみたくなる文章だった。極力感情表現をせずに淡々とした朗読が合うように思う。
実は表紙買い。本が読みたいなぁ、と思い、どうせなら「2005 新潮文庫の100冊」のプレゼントを貰おうと、なんとか選んだうちの1冊。小説だと海外ミステリものなんかはちょくちょく読むのだけれど日本のものはあまり読まない方なのだが、その時の気分にあうものが今回の100冊にはみつけられなかったため、本当に苦し紛れで選んだ。そんなにキャンペーンにこだわる方がおかしいのだが。
「日本ファンタジーノベル大賞」第13回優秀賞受賞作品だそうである。舞台は江戸で主人公は大店の若旦那。そして彼を取り巻く妖怪たちがなんとも可愛らしい。気軽にテンポ良く読むことができ、実に肩の凝らない作品。続編が出ているようで、文庫化を待って読もうと思う。
いわゆる愛読書とは少し違うかもしれない。最近、仕事帰りの電車で眺めるのが日課になっているのがこの「新編実用季寄せ」。季語が例句と一緒にずら~っと書かれている本である。このブログのトップページの左上に「俳句ブログ」なるものが貼ってあるのでお気づきと思うが、何を血迷ったか俳句なんぞに挑戦している。クリックして頂くと過去の拙作もご覧頂けるので笑ってやっておくんなまし。己の語彙の貧しさに悲しくなることしばしば。が、それ以上の楽しさがある。当初は短歌に挑戦してみようかと思ったのだが、あえて文字数が少ない俳句にしてみた。シンプルに表現することの難しさと形になった時の爽快感はたまらない…、なんていう程の作品じゃないけどさ。
——————
二〇〇五年十月十四日加筆:
ハイクブログのサービス変更に伴い、このお気楽草紙内に俳句のカテゴリを設置。トップページの俳句画像を削除。
私が雀右衛門丈を好きな理由は、自然に舞台にいらっしゃるからだ。そこにいることが実に自然で、「雀右衛門丈が舞台にいる」のではなく「雀右衛門丈がいる舞台」なのである。雀右衛門丈は「歌舞伎の女形は女優や実際の女とはまったく違う、異界の住人です。」とおっしゃる。男でも女でもない女形が作る異界を観に行っているのかもしれない。
また、この本は雀右衛門丈の人生を通じて戦争と歌舞伎の関係についても教えてくれる。戦争のせの字も知らない自分には想像の限界があるけれど、今日、こうして歌舞伎が存在することを先人たちに感謝したい。と言っても、雀右衛門丈の語り口は決して説教くさいものではない。だから余計に突き刺さる。戦争の是非が云々ではなく、私たちが到底想像し得ない多くの事柄を背負って雀右衛門丈は舞台に立っているのだ。
私事
中村雀右衛門著
出版社 岩波書店発売日 2005.01価格 ¥ 1,680(¥ 1,600)ISBN 4000257552bk1で詳しく見る
平成十五年秋に歌舞伎座で金閣寺で雪姫を演じられた。幕が下りた後、桜の花びらを拾いに舞台の下へ急いだ記憶がある。子供のようなことを…と笑われるだろう。でもあの時は、少しでも、なんでも良いから舞台を、雀右衛門丈のいる舞台を感じられるものに触れたいという気持ちで一杯だった。