歌舞伎座 六月大歌舞伎・四

タイトルの漢数字は「肆」にした方が正しいのかもしれないけれど、分かりにくいので「四」。

昼の部、三回目(一回目二回目)。1階一桁列20番台。花かご弁当、茹であげ小豆アイスのせ。観劇日は25日・千穐楽前日である。

「輝虎配膳」

越路の「賭け」のようなものが見えた気がする。捨て鉢なものではなく「輝虎殿はそうなさるか。ではこちらはこうさせて頂きましょう。」といった、わざと輝虎の気に障るように仕向けていることを強く感じた。なんだか余裕すら感じさせる越路の目つき。その挑発にのった時点で輝虎の負けだわな。

輝虎を止めるお勝には凛とした雰囲気が漂っていた。命乞いではなく戦っている様子。前回よりは琴と三味線の調子が合っていたと思う。右手で琴を弾き、左手で輝虎を制する姿にうっとり。時蔵さん、素敵だわ。

花道の引っ込みで ?そういや、女二人で幕外の引っ込みって他にあるのかなぁ? 館を振り返る越路なのだが、最初に観たときには「数々の非礼を許されよ」的なものを感じとることができたのだが、二回目、三回目となるにつれて唐衣に対して辛い思いをさせていることの心の傷みがどんどん強く感じられてくるようになってきた。あのあと唐衣はどうしたかなぁ。

三つの立場に分かれた戦国の女の戦いは三回みても全然飽きなかった。また三十三年振りなんてことにはならないにように祈っている。

「素襖落」

太郎冠者の愛嬌があればあるほど姫御寮のすかした口調がかなりツボ。でも、これって本当は逆で、単調な口調が太郎冠者の愛嬌を引き立てるようになっているんだろうか。姫御寮だけが終始すまし顔なのだけれど、松羽目もののルールとか歌舞伎に詳しい方、いかがなんでしょか?っつーか、ルールじゃなくて決まりごととか書けよ、自分。

吉右衛門さんはキレが良くて、酔いが回る前と後の変化がとっても楽しかった。
  
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ここで余談。

私は良いと思った部分ばかり書くのがクセである。そして、自分が好きとか良いと思ったものはとことん肯定するのが良くも悪くもあるところ。尤も、染さんが出演しているいないに限らず、私の観劇感想は全般的にそういう傾向で、観劇感 動文である。それを踏まえてお読み頂きたい…っつーか、何を今さら予防線を張る必要があるというのだ(–; いやいや、不快に思う人がいたら悪かろうて。この文章、メインページか自己紹介に書いておいた方が良いかな。
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「恋飛脚大和往来?封印切?」

花道から店先:かなり柔らかくなってはいた。前回よりも柔らかくなっていることは感じられたけれど、やはり“ふにゃふにゃ”ではなく“くにゃくにゃ”。豆腐じゃなくてプリンなんだな(意味不明…私だけが分かれば良いんだよ、ふんっ!)。そういえば、大阪が好きだという染さんはところてんを黒蜜で食べるのだろうか…。ところてん自体が嫌いなんだっけ?納豆は好きらしい。とまぁ、そんなことはどうでも良い話で、この日はなんだか黒塀でこうもりしている忠兵衛の後姿が良くってさぁ、私なら話し掛けないでずーっとそのままにして眺めてるね。そういやぁ、おえんさんに縛られた羽織の紐を解く後姿、二階で座っている後姿も印象に残ったなぁ。

裏戸口の二人:梅川の不満顔と不安顔の変化が好き。忠兵衛の言うことに対して不満顔になったり不安顔になったりするところ。でも暗闇だから忠兵衛はなーんにもわかっとらんのだよ。と、ここまで書いてふと思った。染さんが好きで観に行ってるのなら、梅川をそういう顔にさせるようなことを言ってる時の忠兵衛の顔こそもっとみておけよ…と、愕然とする自分(泣)。「もう、いぬえ。ほんまにいにまっせ。」の時の二人がどうしようもなく可愛くって、梅川が癪を起こしたふりをした瞬間、思わず笑った。三回目なのに…っていうより、三回目にして初めてウケた。二人のどうする感のシンクロ度がアップしていたのだと思う。結局、この二人って「どうしょぉ…」の連続なんだよなぁ。

再びの井筒屋店先:おえんさんの出が変わっていた。治右衛門が呼んだらお女中を後に従えてすぐに出てくるようになっていた。この日の席はちょうど火鉢のあたり。正面に八右衛門、ちょうど良い角度に二階の忠兵衛…が、しかし、But、斜め前に随分と背筋が良いのか背が高いのかわからん方が座ってらして、梅川と治右衛門が全く見えず!辛うじて気持ち手前に座っている時のおえんさんが見えるだけという泣けるものなら泣きたい状況。でも、私からは見えない治右衛門が梅川に「よういうた!」って言ったその声がとても温かく聞こえた。とまぁ、そんな座席事情もあってか、まだ開いていない障子に時々目をやってしまう自分はやっぱり病気。でも、あの二階の義太夫のところが好きで待ちきれないんだな、たぶん。ふにゃふにゃしてなくても、じゃらじゃらが足りなくても、あの場面は胸張って良いんじゃねぇか?と思う自分はやっぱり病気。そして二階から降りてくる時の忠兵衛は転げ落ちるんじゃないかとこちらがあせる程の勢いと迫力だった。三回目にして初めて「うわっ、出てきちゃったよ」と思った。

vs八右衛門:怖ぇぇよ、ホントに。忠兵衛が持っているのは絶対にこいつの金じゃないって自信を持って追い詰めてくんだもの。火鉢に小判をぶつけ合うシーンが長くて長くて、もうそっとしておいてやれよぉぉぉぉぉって感じ。実際に前二回の観劇時に比べて長くなっていたと思う。長くすることにしたのか、毎回その場で仁左衛門さんが決めてらっしゃるのかは分からないけれど、染さんもそれ以上やると封印切れちまうぞってくらいガシガシ応戦していた。止まった瞬間、こっちの息も止まってたよ。この日は八右衛門の小判の封がなかなか破れなくて「今日はまたエラく硬いな」と苦笑いでつぶやく仁左衛門さん(笑)。 ?ここまで書いたら突然、頭ん中で「そんなことせんでもええやないか?」と忠兵衛の泣きそうな声が聞こえてきて、ちょっと自分でギョッとした。? やっぱりこの場面の忠兵衛のテンションの上がり方は良いなぁって思う。行きつ戻りつする揺れ幅がどんどん小さくなっていって、ついに封印を切ってしまう。これは染さんが忠兵衛になりきって八右衛門と対峙することで、八右衛門という人物を操る仁左衛門さんが引き出してくれているのだと思う。引き上げるだけ引き上げて、最後にどんっ突き落とす。封印切ってからの染さんはやつれてみえる…。恐るべし、仁左衛門マジック。そんな風に考えつつ一連の場面を思い出したらジーンとしてきた。

お金の出所を打ち明けて:前々回は「どうしょぉぉ」に込められた二人のしたこと、前回はしがみつくところのせつなさに注目した感想だった。そこの部分はこの日も満足。特に「どうしょぉぉ」は最初に観た時よりもかなり抑え気味というか、呆然としている様子が出てきたような気がする。何にも考えてない、自然に二人のしでかしたことになっている感じが、更に私好みになっていた。新たなツボは、一緒に死んでくれと言われた梅川がそう言ってもらえて嬉しいと忠兵衛の膝に手を掛けるところ。裏戸口でのことがふっと浮かんできた。別れることになるんだったら生きてはいられないと言って引き留めた忠兵衛に一緒に死んでくれと言われて頷く梅川…膝に掛けた手がただただ悲しかった。

「恋飛脚大和往来?新口村?」

ぅぉ?ぃ、また更に綺麗になってるよ、この二人!!それでいて漂う悲しさ。もう死んでいるんじゃないかと思わせる程、時が止まっているような感じがした。って、あんた、それは封印切から続けて観ているからだよ、とか言わないで。休憩時間を挟んでもそれをしっかり引っ張って現れた二人に素直に感動しようよ。感動しようという割にアホな疑問をなげかけるけれど、窓越しに遠くの孫右衛門を見つける二人の視線は、どのあたりを見るように打ち合わせているんだろ。

そして、降りしきる雪とともに時はゆっくり動き出す。互いの雪を払って帯や着物を直す手、触れ合った手の冷たさにハッとして離れる二人、息を吹きかけて温め合う手、息で手を温めてから梅川の手を握る忠兵衛、花道で手に息を吹きかける孫右衛門、孫右衛門の裾の雪を払う梅川の手、鼻緒をすげるために簪を手にする梅川、取り替えて欲しいと言われた自分の懐紙のシワを伸ばす孫右衛門の手、受け取った懐紙を頬に当てる忠兵衛の手、目隠しのまま忠兵衛の顔かたちを確かめる孫右衛門の手、戻ろうとして父の方に手を伸ばす忠兵衛、戻ろうとする忠兵衛をひきとめる梅川の手、道を指し示す孫右衛門の手、座りこんで頭に手をやる孫右衛門……。舞台を頭の中で再現してもらえたかな。二人の白い手とマニキュアのコントラストがもの凄く綺麗で、それが互いに触れ合うたびにせつなさでズキズキしてしまったのでこんな振り返り方をしてみた。が、この日は忠兵衛が自分の手を息で温めてから梅川の手を取る仕草が二回あったんだけれど、前二回の観劇時はこの仕草は一回だけだと思っていたのは気のせい?見落とし?とすれば、愛が足りねぇよ…私(泣)。

孫右衛門を見てすっかり息子顔になってしまう忠兵衛がたまらん。その二人を見ながらも親に別れを告げに行けない梅川。雪景色なのに凄く熱いものを感じた、というよりも身体が熱くなった。

なんだかさ、三回なんて足りないね。五回は観たかったよ。初日近辺に行っていないのでそのあたりに一つと、中間二回、楽前々日辺りと楽って具合にさ。染さんが出ているからってのもあるけれど、やっぱりこの話自体が好きなのかな。でも、上方和事が好きかときかれると言葉に詰まる。五回も観たいと思っているうちは染さんはまだまだなのだろう、と身も蓋もないことを書いてみる。きちんと上方和事の継承者として教える役者さんは他にいる。秀太郎さんも仁左衛門さんも、江戸者ではあっても染五郎なら忠兵衛という人物を演じられると思ってくれたのではないかと勝手に超前向きに解釈してみる。私はしょせん東京に出てきた北海道人 ?ところてんには酢醤油。北海道では納豆に砂糖を入れるなんてことは東京に来てから知った。そんな不気味なマネは出来ない。今川焼きはおやきと呼ぶ。? の私には東だの西だのってことは腹の底からは理解できないし、大阪の街は怖くて一人で歩けない。関西弁も区別がつかない。あーなんか、暴走してきた。でも大阪行くと怖いって感じるのはマジだから。ま、そんなことはどうでもよい話で、染さんの演じる忠兵衛という人物がとても魅力的で放っておけない男で、孝太郎さんの梅川が可愛くて芯がしっかりしていて染さんが演じた忠兵衛にとって最高の女だと思えたことは確かなのだ。

千穐楽は翌日だったが自分にとって最後の観劇日。夜の部を待つ間に茹で小豆を食べながら「終わっちゃったんだよねぇ…」と思ったら目頭が熱くなってきた。またきっと観られる日が来ると信じようと思ったら涙は流れなかった。そしてその時はまた孝太郎さんの梅川がいい。でももう一度、染さんが忠兵衛をやれる時までに、孝太郎さんは他の人の忠兵衛で何度も梅川を演じているんだろうなぁ。「こんなに愛しあっていたのに他の男のところに行ってしまう」みたいな感情が湧いてきて、ちょっと他の忠さんに嫉妬…って、お前は誰だよ。

こんな激烈感想文を書くこともしばらくないだろうと思う。染五郎@忠兵衛を書こうとするために孝太郎さん@梅川のことばっかり考えてた気もする(笑)。またこんなものを書かせてくれるかどうかは染さんにかかっている。んー、でも実は、○○とか△△、□□なんかもやってくれたら今回みたいなことになるかも…ってのはある。

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三回目の観劇となると私自身に色んな知識や記憶が入ってしまったり、その演目や役者さんに対する気持ちに変化が生じてしまっているので、感想を書いてみると芝居が変わっているのか自分の感性が変化してしまっているからなのかが分からなくなってくる。たぶん両方だけれど後者が大きいのかなぁ。もっともっと通い詰めてこまめに書き留めていればまた違うのだろう。

前回、前々回の感想は自分自身の予習も兼ねて、一回目の分は二回目に行く直前に、二回目は三回目の直前に更新してみた。ま、単に最初に書いてから少し間を空けて推敲した方が、誤字、てにをは、文末のおかしな部分がみつかるからということもあるけれど。

ちょっと力が尽きかかっているけれど、近日中に夜の部二回目の感想も更新したい。

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